松山城(愛媛県)
今回は愛媛県松山市にある松山城に行ってきた時のことを・・・
「ぇ・・・? 松山城!? なんか去年くらいに聞いたような・・・(-。 -;)??」
って思って下さった方、正解です
正しくは去年に行ったのは「岡山県高梁市にある備中松山城」で、今回行ったのは「愛媛県松山市にある伊予国松山城」なんですね
過去記事 「天空の城!備中松山城」
なんと両方とも現存12天守(日本の城の天守のうち、江戸時代またはそれ以前に建設され、現代まで保存されている天守)の中のひとつなんですね~

これが伊予国松山城。
日本における最後の天守建築で、現存12天守の中で、唯一、親藩(松平氏)による普請であったため、丸に三つ葉葵の瓦紋が付けられているんだそうですよ。
天守にはロープウェイかリフトで上がります。

この日はとても暑かったので私は迷わずロープウェイの方を選択~
春とか秋だったら、風を感じながらリフト・・・って言うのもイイかも~
天守のあるところから松山市を見下ろすとこんな感じ。
高いよ~

備中松山城の時は山道を延々30分以上歩いて登ったので、ロープウェイは本当に有り難かったです(笑)

お城の中には文化財がいっぱい

このお城、廃城は明治6年(1873年) ってことだから、今から143年前。

今は100歳を超えるおばあちゃんとかもいる時代だから、人ひとりが生きている時間くらい、ほんのついこの間までこんな生活が日常だったのかと思うととても不思議な感じがします。

その143年のうちに戦争があって日本は劇的に変わっていって・・・
今の当たり前の生活から考えると時の流れって、思ったよりも早いものなのかもしれません・・・

・・・なんてガラにもなく詩人になってみたりして(笑)
いつも思うのですが、古いものにはやっぱり目に見えない膨大な力が宿っているような気がします・・・
「ぇ・・・? 松山城!? なんか去年くらいに聞いたような・・・(-。 -;)??」
って思って下さった方、正解です

正しくは去年に行ったのは「岡山県高梁市にある備中松山城」で、今回行ったのは「愛媛県松山市にある伊予国松山城」なんですね


なんと両方とも現存12天守(日本の城の天守のうち、江戸時代またはそれ以前に建設され、現代まで保存されている天守)の中のひとつなんですね~


これが伊予国松山城。
日本における最後の天守建築で、現存12天守の中で、唯一、親藩(松平氏)による普請であったため、丸に三つ葉葵の瓦紋が付けられているんだそうですよ。
天守にはロープウェイかリフトで上がります。

この日はとても暑かったので私は迷わずロープウェイの方を選択~

春とか秋だったら、風を感じながらリフト・・・って言うのもイイかも~

天守のあるところから松山市を見下ろすとこんな感じ。
高いよ~


備中松山城の時は山道を延々30分以上歩いて登ったので、ロープウェイは本当に有り難かったです(笑)

お城の中には文化財がいっぱい


このお城、廃城は明治6年(1873年) ってことだから、今から143年前。

今は100歳を超えるおばあちゃんとかもいる時代だから、人ひとりが生きている時間くらい、ほんのついこの間までこんな生活が日常だったのかと思うととても不思議な感じがします。

その143年のうちに戦争があって日本は劇的に変わっていって・・・
今の当たり前の生活から考えると時の流れって、思ったよりも早いものなのかもしれません・・・

・・・なんてガラにもなく詩人になってみたりして(笑)
いつも思うのですが、古いものにはやっぱり目に見えない膨大な力が宿っているような気がします・・・
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